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大津地方裁判所 昭和56年(ワ)46号 判決

原告

横山政吉

被告

吉田尚友

ほか一名

主文

一  反訴被告らは反訴原告に対し、各自金一四六万五六一〇円および内金一三一万五六一〇円に対する昭和五六年二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を反訴原告、その余を反訴被告らの負担とする。

四  この判決は、反訴原告勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

(以下、反訴原告を「原告」、反訴被告らを「被告ら」、反訴被告吉田尚友を「被告吉田」、反訴被告三光商事株式会社を「被告会社」とそれぞれ表示する)

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自金一六五〇万円および内金一五〇〇万円に対する昭和五二年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五二年一二月一二日午前一一時四五分頃、滋賀県野洲郡野洲町大字永原六八一番地先路上において、訴外千田義行運転の車両に同乗中、同車と被告吉田運転の車両との衝突事故により、外傷性頸椎症(鞭打ち症)の傷害を受けた。

2  本件事故は、被告吉田の右方注視義務違反の過失によるものであり(民法第七〇九条)、被告会社は、被告吉田運転車両を保有し、運行の用に供していたものである(自賠法第三条)。

3  原告は、右傷害の治療のため昭和五二年一二月一九日から昭和五五年九月三〇日まで約二年九か月にわたり、主として彦根市本町一丁目四番二八号義江外科医院に通院して治療を受け、同年九月三〇日に医師義江正義から「頸椎後屈時頸部に疼痛あり、両手部全体にシビレ感、知覚鈍麻あり、両手指に震顫を認む。歩行時ふらつきを訴える。」等の症状固定の診断を受けた。

4  原告が、本件事故により被つた損害は次のとおりである。

(1) 休業損害

原告は、右傷害の治療のため二日に一回の通院を余儀なくされたばかりか(義江外科医院だけでも、約二年九か月の間に五八八回通院している)、握力の極端な低下のため、原告の本業たる力仕事が全くできない状態にあつたので、症状固定時までの間休業せざるを得なかつた。原告の受傷時の年齢は四五歳であり、当時、原告が材木業、漁業、養豚業および土工等の職業に従事していたことは明らかであるところ、原告と同年齢の男子の平均収入は一か月金三〇万八三〇〇円であるから、これを原告の一か月平均収入と推定して二年九か月間の休業損害金一〇一七万三九〇〇円を請求する。

(2) 治療中の慰謝料

原告の通院治療は、二日に一回強を要するものであり、また、治療そのものも強い苦痛を伴うものであつたから、いわゆる重傷通院に該当する。よつて、右慰謝料として金一五〇万円を請求する。

(3) 後遺障害による逸失利益

前記の原告の後遺障害は、後遺障害別等級表の第九級に該当すると考えられ、また、原告の受傷時の年齢および職業と後遺障害の内容とを考え合せれば、原告の労働能力喪失率は一〇〇パーセントに近いと考えられるが、一応その喪失率を三五パーセント、平均収入を一か月金三〇万八三〇〇円、喪失期間を八年として逸失利益八五三万一三五〇円を請求する。

(4) 後遺障害に対する慰謝料

金三五〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用

請求額の一割を相当因果関係にある損害として金一五〇万円を請求する。

5  原告は、損害賠償の内金として金四二〇万円を受領した。

6  よつて、原告は被告らに対し、総額金一九五〇万五二五〇円の請求権を有するが、内金一五〇〇万円および本件事故発生日たる昭和五二年一二月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金ならびに弁護士費用金一五〇万円の支払を求めるため本訴請求に及ぶ。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1、2は認める。

2  同3のうち、原告が義江外科医院に通院したこと、昭和五五年九月三〇日に医師義江正義から症状固定の診断を受けたことは認めるがその余は争う。

3  同4は争う。

4  本件事故は、被告吉田が一時停止はしたが交通閑散に気を許し、右方道路の交通安全を確認しないまま時速約一〇キロメートルで交差点に進入した過失により発生したもので、速度も低くそのため被害車両の運転者の訴外千田義行にも同被告にも全く傷害がなかつたのであるから、原告だけがその主張のような重い傷害を負つたとは考えられない。

三  抗弁

原告に対し、治療費名目で金一〇五万九〇八五円、通院費名目で金二万一九二〇円を支払つている。

四  抗弁に対する答弁

争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1、2については、当事者間に争いがない。

二  請求原因3については、成立に争いのない乙第三号証と証人義江正義の証言、原告本人尋問の結果によりこれを認めることができる(もつとも、原告が義江外科医院に通院したこと、昭和五五年九月三〇日に医師義江正義から症状固定の診断を受けたことは当事者間に争いがない)。

三  請求原因4について検討する(但し、弁護士費用については後記六)。

1  前記二に認定の事実に、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第二〇号証、乙第一ないし第三号証、第一一号証の一ないし五、第一二、第一三第二一、第二五ないし第二九号証、証人義江正義、同大池信治の各証言、原告、被告吉田各本人尋問の結果(後記、採用しない部分を除く)を総合すれば、次の事実を認めることができる。(1)、原告は、本件事故後、直ちに滋賀県近江八幡市所在の近江八幡市民病院において診断を受けたところ、病名は頸部捻挫で、昭和五二年一二月一二日から同月一八日まで通院加療を要する、とのことであつたが、同病院へはその後は通院せず、右事故の二、三日後、被告吉田が原告を見舞に行つた際も、原告は、「大丈夫だろう。」ということであつたところ、同月一九日に至り彦根市所在の義江外科医院に診断を請うたこと。(2)、同月一九日の最初の受診時の主訴は、頭痛、項部痛、左肩が非常に張つて痛む、ということであつたが、義江医師は筋力、握力等の検査によるも症状は大したことはないとの判断から、一応安静にすることを勧めると共に、治療方法としては頸椎の固定、牽引、温熱療法の外、神経安定のための注射、内服剤の投与等を引き続き行つていたこと。(3)、昭和五三年二月頃には、義江医師は原告に対し、「軽作業(事務的な作業)には従事してもよい。」旨伝えていること。(4)、昭和五三年五月二三日における頸部のレントゲン撮影の結果によれば、頸椎の四に年齢的な軽度の変形がみられ、昭和五五年一〇月二二日における撮影の際には、頸椎の四が多少後方に動くことが認められたこと。(5)、昭和五四年九月頃には、原告は義江医師に対し、目まいがする、頭痛がひどくなつた、ふらつきが時々あることを訴え、昭和五五年には両手のしびれがあるということで握力の検査を実施したところ、その結果は右が二一、左が二四であつたこと。(6)、原告は、昭和五四年九月には長浜市所在の長浜赤十字病院においても外傷性頸椎症(鞭打ち症)との診断を受け、変形機械矯正術、温熱療法その他の治療を受けていること。(7)、原告は、義江外科医院に昭和五二年一二月一九日から昭和五五年九月三〇日まで通院して治療を受けたが(実通院日数五八八日)、治療行為にもかかわらず病状必ずしも好転せず、前記二に認定の後遺症のほか、後遺障害診断書(乙第三号証)の他覚症状および検査結果欄には「頸椎四―九著変を認めず。握力右二一、左二四。」との記載がある。(8)、保険会社に勤務する大池信治が義江医師に対し、昭和五四年六月頃、原告の症状を尋ねたところ、「本人が具合が悪いと言つてくるので医者として治療せざるを得ない。心因的要素が多分にある。」旨返答していること。(9)、原告は、本件事故前重機の運転、チエンソー操作などの労働に従事しており、右事故当時は年齢四五歳(昭和七年七月一五日生)であつたこと。(10)、被告吉田は、昭和五二年一二月から原告に対し休業手当、慰謝料の一部として、また、生活費として金銭の支払をしていたが、原告からの強い要望により、昭和五三年三月「覚書」なる書面(乙第一三号証)を作成し、休業中の生活費として一か月金二〇万円を被告吉田が原告に対して支払うことを約定し、右約定に従い昭和五四年八月まで支払を継続してきたこと、そして、原告は被告吉田に対し、「完治したら仕事をする。それまで生活費をみてくれ。」と言つていたこと。(11)、原告は、右症状固定以前においても貨物自動車の運転をしたことがあること。以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右に認定の事実と、いずれも成立に争いのない乙第一七ないし第二〇、第二二、第二四号証、原告、被告吉田各本人尋問の結果からうかがえる本件事故の態様、その他本件証拠にあらわれた一切の事情を考慮するとき、原告の本件傷害(後遺症をも含む)は、右事故のみを原因として生じたものとみることは相当ではなく、経年性の頸椎変化、原告の心因的要素にも基因すするものといわざるを得ず、右事故の右傷害に対する寄与率は五〇パーセントとみるのが相当であり、右の割合の限度における損害額をもつて本件事故と相当因果関係のある損害とみるべきである。

3  そこで、損害額についてみることとする。(1)、休業損害 原告は、昭和五二年当時年間金七〇〇万円ないし金八〇〇万円の収入があつた旨供述するところであり、乙第四ないし第一〇号証の記載内容をみれば、右供述を支持するに足りるものの如くであるけれども、右各書証は、単なる合計額を示すのみでその細目について何等記載がない。のみならず、原告が同年度の所得税の確定申告をしたものと認めるに足りる証拠がない本件にあつては、そのなすべき所得の申告を怠りながら、交通事故に遭遇するや相当額の収入があつたとしてその主張をすることは信義に反するものであり、かつ、収入額を確定するにいちじるしく困難を伴うものである。その不利益は原告において負担すべきものである。この場合、本件証拠からみて原告主張の平均収入一か月金三〇万八三〇〇円を採用することも妥当でない。本件においては前掲乙第一三号証の作成の経緯ならびに記載内容からみて、一か月金二〇万円をもつて休業損害の額とせざるを得ないものである。しかして、先に認定の如く、症状固定前においても軽作業が可能であつたことがうかがわれるから、症状固定前の全期間を算定の基礎とするのは相当でなく、その期間は二年間とみるべきである。そうすると、休業損害は金四八〇万円となる。(2)、治療中の慰謝料 前記1に掲記の証拠からうかがえる傷害の部位、程度、通院期間、治療方法等からみれば、慰謝料としては金一〇〇万円をもつて相当と認める。(3)、後遺障害による逸失利益 前記1に掲記の証拠によれば、原告の固定した症状は後遺障害別等級表の第九級に該当するものとみるのが相当であり、また、右認定の後遺障害に基づく原告の労働能力喪失率は三五パーセント、その喪失期間は六年(ホフマン係数は五・一三三六)とみるのが相当である。そうすると、原告の後遺障害に基づく逸失利益は金四三一万二二二四円となる。(4)、後遺障害に対する慰謝料 前記1に掲記の証拠からうかがえる後遺症の内容、程度、職業、年齢等を総合考慮すると、後遺障害に対する慰謝料としては金二〇〇万円とみるのが相当である。(5)、以上の合計は金一二一一万二二二四円である。

4  前記認定の如く、本件事故と相当因果関係にある損害は五〇パーセントであるから、右金額の二分の一に当る金額は金六〇五万六一一二円である。

四  被告らより金四二〇万円の支払があつたことは、請求原因5において原告の自認するところであるから、右金額を控除すると金一八五万六一一二円となる。

五  抗弁については、証人大池信治の証言によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そうすると、右主張による支払は、原告の請求外のものではあるが、本件事故と相当因果関係にある損害は五〇パーセントとみるのが相当であること前記認定のとおりであるから、公平の観点からその半額である金五四万〇五〇二円(円未満切捨て)を右一八五万六一一二円から控除することとする。そうすると、その額は金一三一万五六一〇円となる。

六  弁護士費用については、審理経過、認容額等に照らせば金一五万円をもつて相当と認める。

七  よつて、原告の被告らに対する請求は、金一四六万五六一〇円と内金一三一万五六一〇円に対する本件反訴状が被告らに送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年二月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森弘)

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